今回は進捗報告はなし。
「一つのゲームを作るのにかかる時間はプレイする時間の100倍」ってどっかで聞いたことあるけど、そのゲームを100人以上にプレイさせることができれば収支プラスになるのでは??(収支ってなんだ)— うすいしお (@ususio0unity) June 2, 2020
ゲーム作るのに100倍の時間かかるって言葉、どこで見たんだったっけ……。だれかの個人サイトかブログか何かだった気がする。今「ゲーム制作 時間 100倍」とかで調べてもそれっぽいのが出てこなかったので、ご存知の方、教えてください……。
受け手が使う「時間」の話
まあそんなに目新しい話でもないのですが(予防線)、思考を整理するために一応書き残します。
イラスト>>>>>漫画=小説>>>ゲーム>>>>>>映画=音楽。
唐突に謎のイラスト推しの不等式を並べてしまってすみません。
これは、制作にかかる難易度順とかじゃないです。
制作者サイドの話じゃなくて消費者サイド、「受け手がそのコンテンツに対して、どれほど自由に時間配分を決められるか」を式にしたものです。(当アカウント調べ。)
ややこしい言葉を使ってすみません。
ざっくりというと、「イラストは一瞬で目に入ってくるけど、音楽は演奏時間全てを使わないと味わい尽くせないよね」って話です。
イラストは受け手にとってある意味平等です。
名画「モナ・リザ」だろうが、僕が10分で描いた落書きだろうが、そのイラストがどんな作品かを把握するのに必要な時間は同じです。一度見ればわかります。
しかし、ルーブル美術館を訪れる多くの人は「モナ・リザ」を立ち止まってじっくりと鑑賞するだろうし、またTwitterを監視する多くのフォロワーさんは、僕の落書きを3秒も見ることなくTLの海に放流するでしょう。そうじゃない優しいフォロワーさんありがとう。愛してる。
つまり、イラストは受け手の興味次第で「時間をかけて眺める」ことも「一目見て終わりにする」ことも可能なわけです。
先ほどの「時間配分を決める」というのはここです。
一方、その観点で行くと音楽ほど不自由なものはないと思います。
音楽は時間の芸術とはよく言われますが、時間に縛られた芸術でもあると思います。
一つの曲の長さは誰が聞いても同じなのですから、受け手が使う時間配分を決められる余地は一切なし。
冒頭だけ聞いて「この曲は駄作だと感じた。もういい!」とヘッドホンをかなぐり捨てない限り、必ず作曲者の意図した時間(=演奏時間)だけ耳を傾けることになります。
冒頭だけ聞いて「この曲は駄作だと感じた。もういい!」とヘッドホンをかなぐり捨てない限り、必ず作曲者の意図した時間(=演奏時間)だけ耳を傾けることになります。
映画も同じですね。上映時間は誰にとっても平等、好きな映画だからたくさん見ていたい!と思ってもエンドロールの先には何もありません。
(勿論、だから絵画は良くて音楽や映画はダメだ!という話ではないです。)
で、その中間が漫画や小説作品、それにゲームかなあ。
漫画や小説はイラストのように一瞬で全体像を把握することはできません。しかし、物語を読み進めるペースは人によってバラバラなので、かなり自由度は高いのではないかと。
ゲームはそれよりちょっと下。
基本自分のペースでストーリーを進めることができるものの、制作者が難しい謎を仕込んでいたり、難解なアクションが散りばめられていたりすると、行き詰まる場合があります。
ここまでの話をまとめると、
受け手が自由に時間を使えるコンテンツは順に
イラスト>>>>>漫画=小説>>>ゲーム>>>>>>映画=音楽。
こうなるはずです。
ここまでよくわからなかった人も、次の見出しに進む前にとりあえず「音楽や映画ほどじゃないけど、ゲームを一つプレイするにはある程度まとまった時間が必要になるよね」ってことだけ理解してください。
「時間」について、もっと具体的な話
で、最初のツイートに戻ります。
「一つのゲームを作るのにかかる時間はプレイする時間の100倍」ってどっかで聞いたことあるけど、そのゲームを100人以上にプレイさせることができれば収支プラスになるのでは??(収支ってなんだ)— うすいしお (@ususio0unity) June 2, 2020
僕はよく趣味で絵を描いていたのですが、絵を描いてるときは受け手が消費する時間を意識したことはありませんでした。なぜなら3秒で流されてしまうから。
でもゲームを作ってみて、ちょっとだけ意識が変わりました。
たとえばunityroomに「閲覧数:10」って出てたら、「たった10人にしかプレイされてないクソゲー」じゃなくて「10人が3分間もプレイしてくれたクソゲー」って思うようになりました。
結局のところ、何か作っても見向きもされないのって精神的に一番キツイじゃないですか。
でも受け手が消費する時間を意識することで、ことゲーム制作についてはそのキツさは薄まったように思います。
先の例なら「自分のゲームは10人に3分ずつ=30分も世間の人々から奪うことができた!」と思うようになったし、
ゲーム制作にプレイする100倍時間がかかったとして、「それがどうした? 100人以上にプレイして貰えるのなら、そのくらいの苦労はどうということもないのだが?」っていう変なオタクみたいなメンタリティで臨むことが出来るようになりました。
(これが「収支プラス」の意味です。)
まあつらつら書いてきましたが、つまるところゲーム制作ってかけた制作時間ぶんの苦労が報われやすいコンテンツなんじゃないかなって思います。
深夜に書いてるからか、それとも単純に脳が低スペックなせいか、とっ散らかったまとまりのない文章になってしまった。寝ます。
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